マイペース
「どうした? トイレか?」
ほんの数瞬の後、
「ごめん、まだ顔も洗ってないし、歯も磨いてなかった……」
頭をぽりぽり掻きながら、鞄をその場に置く。翼は洗面用具と歯ブラシを持って水道のある場所まで歩き出す。
ここから通う学園まで要する時間は十五分。
洗面、歯磨きで十五分かかるとするとぎりぎりの時間のはずなのに、翼に焦るような様子は微塵も感じれられない。とてもこれから入学式に臨むような生徒には見えない。
「……頼むぜ、おい……」
床に座り込み、天を仰ぐ卓の表情は明確に『大丈夫かこいつ』、という呆れと心配が同居していた。
「これで遅刻したらお前のせいだぞ!」
燦々と輝く太陽に向かって吠えながら、卓は足に満身の力を込める。アスファルトを蹴る足は巧みに回転し、僅かずつではあるが着実に目的地との距離を詰めている。しかし、時間が残り少ない。なんだかんだ言って翼は洗面、歯磨き、そしてトイレに行って二十分もの時間を費やしたのだ。
状況は危機的だ。残り時間は五分を切っている。距離はギリギリ間に合うか否かといった所。
しかも今日は入学式!
(それなのになんでこいつはこんなに呑気になれんだ?!)
心の中で罵倒する相手は、汗をかきながら卓同様走っている。
だが、表情から焦りが見えないのはどうしてだろう。
「わかってんのか?! 今日は入学式なんだぞ!」
「喋る体力があったら、足に使おう」
うん、と一人頷き、翼は会話を打ち切る。