悪夢
「うぅぅぅ……卓の奴、手加減抜きでやるんだもんなぁ」
「情けない。少しは意地を見せなさによ」
簡単に言ってくれる、と少年は言えなかった。少女の気の強さからして言い返されるのは眼に見えていたから。
長い黒髪を後ろで束ねている少女は、返答のない少年の前に回りこみ、気の強そうな大きな瞳で彼の顔を覗き込む。腰に手を当て、年上ぶった口調で問答する。
「大体卓は正式な剣道部員じゃないのにどうして負けるのよ?」
「……あいつと僕の運動能力を一緒にしないでよ」
何しろ相手は全国大会に出るような才能の持ち主だ。しかも部をいくつも兼部して。
そんな奴にどうやって勝てと?
だが少女は少年の切り返しにむーと頬を膨らまし、
「あわ! い、イタ!」
「根性無し! 腑抜け! 臆病者!」
持っていた鞄を少年の頭にブンブンと振り下ろす。
「わ、よせ! 美幸、頼むから!」
だが、どうしてだろう?
彼女の次の言葉が。
そして、ほんの数分先に待ち受ける運命を、自分が知っているのは。
「もういい! 私、帰る!」
待ってくれ!
止めるんだ!
一人でこの先をいかせちゃいけない!
だがそう思っても、体は動いてくれない。